ハンコック

 風の噂によると、いまハリウッドはウィル・スミス一人が支えているんだとか。
 しかし彼の演じる役ってのはどうにもいままで感情移入できた試しが無いんですよ。
 確かにこれも中盤からの脚本は微妙である。
 でもこれ、実は結構嫌いじゃないです。 
 何がっていうと、ハンコックのキャラクターが。ウィル・スミスの作品では一番好き。


 主人公のハンコックには記憶がない。
 誰かに愛された記憶も無く、誰かを愛した記憶も無い。
 彼にあるのは「自分は何故か超人である」という認識と、その超人的な肉体だけ。
 彼はヒーロー活動を行うことで、かろうじで社会に認識されている。


 だが誰からも愛された記憶の無い彼の生活は無精の極みに達していて、ひたすらやさぐれて酒を煽る毎日。すると力の制御が利かず、人に迷惑をかけて蔑まれる。そしてまたやさぐれて酒を煽る。
 悪循環を繰り返し、彼の心は疲れていた。


 僕は酒に関するトラウマが色々あって、それがフィクションであっても基本的にアル中を見るとに強い嫌悪感を抱いてしまうのだけれど、このハンコックの姿はちょっと泣けた。


 誰かに愛された記憶も無いのに、ヒーローになんてなれるわけないじゃん。


 世界中誰からも蔑まれて、軽んじられ、死ねるものなら死んでしまいたかったろう。
 だが超人である彼には安易な死さえも許されず、ただひたすら、無精のループを落っこちてゆく。
 どうにかしたい。誰かに愛されたい。でもどうすればいいか分からない。


 これがヒーロー物の定石だったら、運命の女性と出会い、彼は記憶を取り戻してヒーローとしての使命を取り戻す――となるのだろうが、この映画ではそうはならない。


 最後になっても、なんと彼の記憶は戻らない(!)。
 ヒーローとしての使命なんて無かった。
 運命の女性に出会っても、それは叶わない願いだった。
 掴み取れそうだった色々な物は結局何も手に入らなかったけれど、最後に彼はヒーローという生き方を歩み出す。


 誰かを愛し、愛され、そして死んでゆく。
 そんな普通な願いを、死ぬほど欲したであろう願いを彼は捨ててしまう。
 彼はきっとこれからもひたすら孤独に生きてゆく。ヒーローとして。
 だがヒーローという生き方をする為には、一度誰かに愛して貰う必要があったとさ。
 めでたし。めでたし。