どこまでがゲームなのか。

 最近この辺りをウロついておりまして。


 もしかして、ゲームの楽しみ方まで伝えないとだめなのか?- NEXITの日記


 最終防衛ライン2 ゲームの楽しみ方まで伝えるべきか否か ーゲームとはプレイヤ獲得のゲームである


 例えば、THE IDOLM@STERというゲームがある。
 周知の様に、アイマスの作品価値は作品単品よりも、ニコニコによるMADに寄るところが大きい。単純にMADと言うにはかなりのクオリティ・作品性を持つことが珍しくないこれらはニコマスという一ジャンルとして認知されてるが、MADを制作するファン達は果たしてアイマスを楽しんでいるのか、それともMAD制作を楽しんでいるのか。

 僕にはその境界線は無い様に思う。

 Forza2痛車にも然りで、バーチャル痛車を作る人はレースゲームがしたいのか。それとも萌え絵が描きたいのか。もしかして「車に萌え絵を描くゲーム」がしたいのか。多分これも、やってる側に境界線は無いと思うのだ。

 作り手としては悩ましい所なのかも知れないけれど、僕にはこういう気持ちが分かる気がする。例えば僕は小島ファンだから、ゲームをやったらそれに関連する本・映画・音楽なんかを漁る。でもそういう事をしている時に「本を読むぜぇっ!」とか「映画観るぜぇっ!」とか思うんじゃなくって、メタルギアを遊ぶ延長でやっている。*1というか、出来てしまう。
 だからゲームをやめても、現実世界でゲームは終ってない。
 むしろゲームは何かへの原動力・始まりで、沢山の遊び・世界へのハイパーリンクだ。人によってはその先がMAD制作であったり、痛車製作であったり、ネットでファンアートを公開することであったり、同人誌を書くことだったりする。
 僕はそこまで含めて「ゲーム」「遊び」だと思っている。

 だから僕は松野泰己作品を遊ぶ延長で歴史や神話を調べたり、須田剛一作品を遊ぶ延長でロックを聞いたりする。

 己なんぞが偉そうに言うまでも無く、どこへ行くかはそのひと次第。
 ゲームを楽しんだ人間が「ゲームの楽しさ」を伝えることは、そのまま何所か知らない「世界」への導きだ。森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」に、こんなくだりがある。

「父上が昔、僕に言ったよ。こうして一冊の本を引き上げると、古本市がまるで大きな城のように宙に浮かぶだろうと。本はみんなつながっている」
「何のこっちゃ」
「あんたがさっき見てた本たちだって、そうだな。つなげてみようか」
「やってみろ」
「最初にあんたはシャーロック・ホームズ全集を見つけた。著者のコナン・ドイルはSFと言うべき『失われた世界』を書いたが、それはフランスの作家ジュール・ヴェルヌの影響を受けたからだ。そのヴェルヌが『アドリア海の復讐』を書いたのは、アレクサンドル・デュマを尊敬していたからだ。そしてデュマの『モンテ・クリスト伯』を日本で翻案したのが「萬朝報」を主宰した黒岩涙香。彼は「明治バベルの塔」という小説に作中人物として登場する。その小説の作者山田風太郎が『戦中派闇市日記』の中で、ただ一言「愚作」と述べて、斬って捨てた小説が「鬼火」という小説で、それを書いたのが横溝正史。彼は若き日「新青年」という雑誌の編集長だったが、彼と腕を組んで「新青年」の編集にたずさわった編集者が、『アンドロギュヌスの裔』の渡辺温。彼は仕事で訪れた神戸で、乗っていた自動車が電車と衝突して死を遂げる。その死を「春寒」という文章を書いて追悼したのが、渡辺から原稿を依頼されていた谷崎潤一郎。その谷崎を雑誌上で批判して、文学上の論争を展開したのが芥川龍之介だが、芥川は論争の数ヶ月後に自殺を遂げる。その自殺前後の様子を踏まえて書かれたのが、内田百輭の『山高帽子』で、そういった百輭の文章を賞賛したのが三島由紀夫。三島が二十二歳の時に会って、『僕はあなたが嫌いだ』と面と向かって言ってのけた相手が太宰治。太宰は自殺する一年前、一人の男のために追悼文を書き、『君は、よくやった』と述べた。太宰にそう言われた男は結核で死んだ織田作之助だ。そら、彼の全集の端本をあそこで読んでいる人がある」

 僕はこういう事をゲームでやっている。ゲーム以外でもやっている。
 だからみんな、「日々をゲームすれば良い」んじゃないかと思う。

*1:当然、途中で本や映画が楽しくなってその世界観に引き込まれてしまうのですが。